中央構造線

1月3日から二泊三日で浜松に帰郷した。もあちゃんを誘ったが、もあちゃんは「ママといっしょがいい」と主張、パパだけで帰るのが日課になっている。
帰郷場所は浜松市天竜区佐久間町。昭和30年代には社会の教科書に「佐久間ダム」の写真が掲載され、有名だったところだ。実は、この辺りは大断層である「中央構造線」の真上に当たる。

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中央構造線は、愛知県の渥美半島から、豊橋、豊川、新城市を通り、佐久間、北条(ほうじ)峠を通って水窪(みさくぼ)、諏訪湖へと続く。写真は、「峠の茶屋」がある北条峠から北の長野方面を撮影したもので、ここが中央構造線の真上となり、集落のある今田(いまだ)地区の上の窪みを通っている。この窪みは断層運動によって破砕された部分が弱くなり、風化浸食したもので「断層谷」と呼ばれる地形だという。断層谷と立っている地点を結び、左側が破砕帯、右側が断層粘土になっていて、左右で岩石がガラリと変わっている。
実家は、北条峠にほど近い破砕帯よりわずかに右側の断層粘土の上に立っている。日本最大の断層の上に立つ実家。今から思えば、すごいところに家を建てたものだ。

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